Brillia Art

Brillia x ART 対談「ぎぼしうち」で続く暮らしを
写真で映し出す

「BAG-Brillia Art Gallery-」のある
京橋エリアは江戸時代、
「擬宝珠内(ぎぼしうち)」と呼ばれて栄えた場所。
今となっては多くの人が観光や
仕事のために「訪れる」場所となりましたが、
この地に生まれ育つ人も、少数ながら確かにいます。
BAGでは、そんな「ぎぼしうち」に
残り続ける人々にスポットを当て、
写真家・浅田政志さんが撮り下ろし
写真で紹介する写真展
「浅田政志 ぎぼしうちに生まれまして。」を開催中。
どのような企画展なのか、
浅田さんをはじめ企画にかかわった
4名に話をお聞きしました。

華やかな街、
京橋が見せるもうひとつの顔

京橋で見つけた「擬宝珠内」という特別な場所

写真家
浅田 政志 様

―今回、どのような経緯で写真家・浅田さんの写真展を開催することになったのでしょうか。

齋藤 BAGは「暮らしとアート」をテーマにしたギャラリーです。今回も暮らしを感じていただける展覧会を企画したいと考えたとき、家族をテーマに数々の写真を撮影されている浅田さんが思い浮かびました。浅田さんは、ご家族の写真を収めた写真集「浅田家」で木村伊兵衛写真賞を受賞されており、以前お仕事でご一緒したこともありますが、作風、お人柄ともに今回の企画にぴったりだと思ったんです。

浅田 テーマをお聞きしまして、これは既存の写真から選ぶのではなく、撮り下ろしでいきたい、それもBAG周辺に住む人たちの暮らしにスポットを当てたいと思いました。ただ調べてみると、BAGのある京橋はビジネスの中心地で、ここに住んでいる人はかなり少ない。でもその一方で、少ないながらも代々この地に暮らし続けている方がいることもわかり、この都心でどんな営みが繰り広げられているんだろう、と大変興味が湧きました。

齋藤 浅田さんと京橋の街をたくさん歩き、この街ならではの魅力を探しました。歴史を調べたり、いろいろな方々のお話しをお聞きしていくうちに、「擬宝珠内(ぎぼしうち)」と呼ばれるエリアがあることを知りました。

浅田 擬宝珠とは江戸時代に幕府が管理する橋の親柱につけられた特別な飾りで、江戸市中では「日本橋」「京橋」「新橋」の3つのみにつけられたそうです。そして、この3つの橋の内側は「擬宝珠内(ぎぼしうち)」と呼ばれ、江戸時代の商いや文化の繁栄を支えていたという歴史を知り、「擬宝珠内で生まれ育った人にお会いしたい」と思ったんです。BAGも、近くに京橋の擬宝珠がある「擬宝珠内」ですし、ギャラリーのビジョンと僕の作品とどのようにクロスするだろうと思ったら、とてもワクワクしました。

中里 この視点は私にとっても新鮮でした。BAGは昨年秋にオープンし、京橋からアートを発信していく立場としても、京橋の魅力を広く知っていただけるきっかけになりますから。浅田さんの写真には、被写体の方のお人柄や暮らしまで見えてくる不思議な魅力がありますので、素敵な展示になるにちがいないと思いました。

公益財団法人 彫刻の森芸術文化財団
Brillia Art Gallery運営事務局 ディレクター
齋藤 由里子

擬宝珠内で暮らす4家族

何気ない言葉ににじむ、
京橋で暮らす誇りと覚悟

歌人/コピーライター
伊藤 紺 様

―今回、擬宝珠内に暮らす4組のご家族が登場されていますが、撮影はどのように進められたのですか。

齋藤 そもそも京橋に住んでいる方はとても少ないうえ、“生まれ育った”となるとかなり絞られてしまうんです。それでもいろいろお話をお聞きしたうえで、撮影にご協力くださる4家族を見つけました。全く別々に探した4組なのに、ご本人や兄弟が同級生だったりして(笑)、同じ場所で代々暮らしてきたからこその地域のつながりを感じました。

浅田 撮影は、事前にオンライン取材でライフスタイルをお伺いしてから、当日の流れを決めさせていただきました。例えば「買い物は築地に行っている」なんて話を聞けば、築地の買い物にもついていったり、もう丸一日一緒に過ごさせてもらうんです。また写真の中にストーリーを感じていただくには“言葉”も重要だと思ったので、取材には歌人の伊藤紺さんに同行してもらいました。

齋藤 浅田さんと伊藤さんが終日、ご家族に寄り添って丁寧に取材してくださったので、言葉にならない思いがたくさん伝わってきましたね。浅田さんは人の魅力を引き出すのが上手ですし、伊藤さんはまるで娘や孫のようにごく自然にそばにいていろんなお話を聞いてくださいました。

伊藤 みなさんお店のことについてお話しするのはきっと他の取材で慣れてらっしゃる。でもご自身のことに関しては、何を話したらいいのか戸惑っているようにも見えました。当然ですよね。一緒に過ごしているうちに、ゆっくり話してくださるようになって。たぶんご本人にとっては何気ない会話だったと思うんですが、その言葉の中に信念のようなものが滲み出ていて、京橋に住み続ける覚悟のようなものを感じました。

それをまた、いい雰囲気で引き出してくれるのが浅田さん。浅田さんが何か話すと、その場の空気がフワッと明るくなるんです。それが写真にも表れるから、浅田さんの写真は素敵なんだと思いました。皆さんも取材を受けているというより、純粋におしゃべりを楽しんでくださっていたように思います。

浅田 僕は人の話を聞くのが大好きなんです。今回撮影させていただいた方々とはこういう機会がなければ、街ですれ違っても気づくことも話すこともなかったかもしれません。でも、こうして立ち止まって話したら、皆さん十人十色の人生を経験されていて、その話の中には教訓がある。かけがえのない経験をさせていただいたな、と改めて感じました。

東京建物株式会社
Brillia Art Gallery運営事務局
中里 友梨奈

表からは見えない
京橋のもうひとつの顔

時代の変化に順応しながら
家族との暮らしを守る人たち

―浅田さん、伊藤さんにとっても得るものが多い撮影取材だったのですね。

浅田 僕はこれまで、全国47都道府県を訪ね、多くの人たちの暮らしを撮影してきましたが、ここまで都心に住む人は初めてでした。三重県の田舎で生まれ育った僕からみれば、京橋というと都心の華やかな街というイメージでしたが、実際に取材してみると、みんな一生懸命仕事をして、家族が力を合わせて生活している。その姿は日本全国どこでも変わらないなと感じさせられました。

伊藤 私も外から見る京橋と、住んでいる方々からの見え方の違いに驚きました。ビルの1階でお店を営んでいる方も多く、いかにも都会的な暮らしに見えていましたが、彼らにとってはたまたま生まれ育ったのが京橋だったというだけ。私たちと同じように汗水流して働き、苦労も味わいながら生きておられる。ただ街を歩いているだけでは、気づかなかったリアルですね。

中里 「ネギは百貨店で買っている」と聞いて驚いてしまいましたが、実際は近くにスーパーマーケットがないだけだったり。逆に京橋にはギャラリーが非常に多いため、文化・芸術の街というイメージも強いですが、「夜寝る前にはYouTubeの動画を楽しんでいるよ」なんてお話を聞くと、親近感を感じますよね(笑)。

浅田 僕も初めて京橋を歩いたとき、ギャラリーの多さには驚きましたね。一歩裏通りに入ると、あそこもあそこも画廊、古美術、ギャラリー……という感じで。

齋藤 京橋を表通りから見たことはあっても、実際に路地を入ってみたことがある人は少ないかもしれません。今回は、被写体の方々の暮らしやご家族を写真と言葉で紹介するとともに、プロジェクターでも擬宝珠内の風景を投影していますので、そんな路地裏の魅力も知っていただけるとうれしいですね。

写真と言葉、
立体で体感する「擬宝珠内」

展示名「ぎぼしうちに生まれまして。」
に込めた思い

―では最後に展示の見どころを教えてください。

齋藤 今回は、京橋で営まれる“いま”の暮らしを切り取りながら、江戸時代から続く“家族”や“時間”を感じていただける展示となっています。浅田さんの写真に、伊藤さんの言葉、そしてアーティストユニット「magma(マグマ)」さんの立体作品によって、浅田さんの作品を中心に奥行きのある展示構成になっていると思います。

magmaさんには、擬宝珠をイメージした立体作品を制作いただきました。一見、カラフルでモダンな擬宝珠ですが、よく見ていただくとバランスボールの一部や家具の一部が使われています。何気ない暮らしの中にあるパーツの集合体が1つの価値あるものを生み出しているというメッセージも、今回の企画にマッチしていると感じました。

浅田 僕は写真だけでなく、そこに添えられた伊藤さんの言葉を読んでいただき、ここで暮らす方々の思いを感じていただきたいですね。取材で一日中一緒に過ごし、多くの溢れる思いをお聞きした中から、凝縮されたエッセンスが短い言葉に詰まっていますから。一緒に取材した僕自身、「あの部分をこういう形で取り上げたんだ」と新たな発見の連続でした。

伊藤 展示の言葉は、浅田さんの写真を見てから書きました。取材が終わった時点では、まだどんな文章を書くか決めていませんでしたが、浅田さんの写真を見たら、やっぱり写真が本当に強くて。ここに「私はこういう気持ちになりました」的な、言葉の感想は不要だと思いました。写真の味わいがさらに増すように彼らの人生や生き様を淡々と感情を込めずに綴るほうが、展示としてよくなるのではないかと思いました。

齋藤 展覧会のタイトルも、取材を全て終えた日に、みんなで時間をかけて考えたんですよ。「生まれて」でも「生まれました」でもなく、「生まれまして。」という言葉の中に、綿々と続いてきた物語の歴史と未来を感じていただけるのではないでしょうか。

浅田 この展示が京橋で開催されるということにも、大きな意味があると思います。京橋の空気を感じながらBAGを訪れ、展示を通して京橋の歴史やここに根づき生活してきた方々の暮らしを見ていただく。帰りに見る京橋の景色は、少し違ったものになるかもしれません。

中里 BAGもこれから京橋に根差し、多くの人に親しまれるギャラリーを目指していきたいと思っています。今回の写真展が、そんな京橋を多くの方々に知っていただき、ここでしか見られない「擬宝珠内」を味わっていただける場所になれば幸いです。

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