2025年10月26日をもって
惜しまれつつ閉館した「BAG -Brillia Art Gallery-」。
その最後の展覧会となる『暮らしとアート』展が
2025年9月13日〜10月26日に開催されました。
会期中の10月18日には、出展アーティストの
明和電機・土佐信道氏と松尾高弘氏をお招きして、
トークショー&ミニライブの
スペシャルイベントを実施しました。
ここでは、当日のイベントの様子と
トークショーの採録をお届けします。

10月18日(土)18時、BAG地下にある「+3ガレージ」に、満員となる約80名のお客様を集めてイベントはスタートしました。最初に本イベントの進行を務めた、BAGの企画監修者である坂本浩章(彫刻の森芸術文化財団)から、BAGの歩みと出演アーティストの紹介がありました。
東京・京橋のBAGが位置する場所には、もともと1981年開館の『伊那ギャラリー』があり、その後、『INAXギャラリー』『LIXILギャラリー』と名称を変えながらも、京橋に数多くあるギャラリーのなかで、現代アートの中心的な存在であり続けました。その想いと歴史を受け継ぎ、主催:東京建物株式会社、企画制作:彫刻の森文化財団、運営:株式会社クオラスという体制で、2021年10月、『BAG -Brillia Art Gallery-』は誕生しました。以来、“暮らしとアート”をテーマに4年間で25回の展覧会を開催。このたびエリアの再開発に伴い、2025年10月26日に閉館の運びとなりました。
BAGの掉尾を飾ったのが『暮らしとアート』展。BAGにゆかりのあるアーティストたちの作品が集結し、これまでの活動を振り返るとともに、さまざまな角度から日々の暮らしのなかにあるアートの種を探しています。
本イベントは同展のスペシャル企画として開催。出展アーティストの明和電機・土佐信道氏と松尾高弘氏をお招きして、お二人のトークショーと明和電機のミニライブをお楽しみいただきました。
明和電機は、1993年に結成された、土佐信道氏がプロデュースする芸術ユニット。日本の中小企業のスタイルを模して活動を行い、土佐氏は社長、作品は「製品」と称して、オリジナル楽器などさまざまなナンセンスマシーンを開発し、国内外でライブや展覧会などを実施しています。
松尾高弘氏は、エモーショナルな光のアートを探究し、インスタレーションを中心とした映像、照明、オブジェなど、多彩な分野で活躍するアーティストです。普遍的な自然現象や美に向き合いながら、現代的な光の技術やマテリアルを扱う作家として、またメディアテクノロジーを自在に操るクリエイターとして活躍しています。
2022年11月にはBAGで「Light Crystallized」展を開催し、異なるメディアを用いてさまざまな光の表現を演出しました。
同級生と、カレ友と、ベイ友と
大きな拍手のなか、明和電機・土佐信道氏と松尾高弘氏が登場し、トークショーがスタート。冒頭、進行役の坂本浩章の「明和電機の土佐さんとは大学時代の同級生で、長いお付き合いをさせていただいています。松尾さんとは展覧会等で協力させていただいており、今では2ヵ月にいっぺんくらい一緒にカレーを食べるカレ友です」という話から始まりました。
土佐 明和電機代表取締役社長の土佐信道です。よろしくお願いします。
松尾 松尾高弘です。よろしくお願いします。
土佐 松尾さんも「暮らしとアート」展に参加されているんですよね。何がきっかけだったのですか? 僕は坂本さんと同級生だったことがきっかけですけど。
松尾 僕は坂本さんとカレ友なんですよね(笑)。それはともかく、コロナが明けてすぐの時期に、声を掛けていただいて、BAGで「Light Crystallized」展(2022年11月)を開催させていただきました。コロナ時期は作品を発表できなかったので、めちゃくちゃ思いきった展覧会をやらせてもらえました。
土佐 だったら、展示つながりですね。実は僕もそうで、コロナの真っ最中に「お台場で展覧会をやりませんか」と坂本さんに言われて。本当ならば、東京オリンピックの入口になるはずの建物があったんですけど。
松尾 アートベイですか? 僕もそこで展覧会やりました。
土佐 じゃあ、ベイ友だ(笑)。ご来場のお客様はヴィーナスフォートってご存知ですか? お台場に3年間の期間限定で建っていた建物なんですけど、そこでパフォーマンスを行いました。コロナ中で人と絶対に接触してはいけないので、ガラスケースのなかでパフォーマンスして。動物園みたいな感じ(笑)。お客さんがさわれる装置も置いてあるのですが、直接触れるのはダメなので、お客さんに指サックを配って、それでさわってもらう。そんな時代でした。
トラブルは思わぬところに潜んでいる
お二人は先日閉幕した大阪・関西万博にも参加。松尾氏は関西パビリオンの滋賀ブースに作品を展示。明和電機は落合陽一氏がプロデュースするパビリオン「null2」の動く建築の仕掛けけをサポートしたほか、ライブパフォーマンスも行いました。
松尾 大阪・関西万博は4月開幕でしたが、僕は2月から現場に入って、2ヵ月間ずっと作品をつくり続けていました。でも、開幕日の記憶がない(笑)。「もう始まるんだよね〜」という感じで、時間の感覚がおかしくなっていました。
土佐 あるあるですね(笑)。どのような作品をつくられたのですか?
松尾 関西パビリオンの滋賀ブースで、450個の吊られた玉が上下に光りながら動く作品をつくりました。450台のモーターを設置して、連動させて動かすということにトライしたのですが、なかなか大変で。僕は普段は映像などソフト寄りの制作が多いが故に、ハードの局面をちょっと舐めていましたね(笑)。土佐さんはハードのプロフェッショナルですけど。
土佐 みなさん、機械ってクールに動いていると思うでしょ。違うんですよ。イメージとしては、同時に450個の皿回しをしているような感じ(笑)。
松尾 本当にギリギリの状態で、最初の頃はトラブルだらけでした。それもそのはずで、実はそれまで1個くらいしか本気でやっていなかったんです。
土佐 ちょっと待って。今まで1個はやったことはあるけど、それをいきなり450個? (笑)
松尾 アートベイですか? 僕もそこで展覧会やりました。
松尾 1個はしっかりできたので、まぁ、掛け算かなと(笑)。僕は割と計画段階では楽天的に考えるので。
土佐 数が増えてくると、予期せぬトラブルが出てくる。
松尾 先に土佐さんの話を聞いておけば良かった(笑)。予期せぬトラブルでいちばん恐ろしかったのが電気ノイズです。目に見えない不具合なので、「あれ、動かない、止まっちゃう。電気は点いているのになんで?」ということが相当ありました。
土佐 僕、今回ツアーをやったんです。一人でこれらの楽器を持って、全国を回ったんですけど、初日が東京の1,000人くらい入るホールで、全国ツアーの皮切りですから気合を入れて臨んだら、80分間、楽器が全部動かなかった(笑)。
松尾 えー!
土佐 恐ろしいでしょ。明和電機は楽器を見せてこそですから、全然面白くない。80分間、アカペラとパントマイムですよ(笑)。
松尾 どうやって解決したんですか?
土佐 解決しません。お客さんに「この楽器はここがビョーンとなってプープーと鳴ります」って説明して(笑)。結局、自分でつくった機械が原因はなく、USBのハブが原因だったんですよ。自分で買ったものだったのですが、なぜ本番で壊れるのかと。
松尾 つくった人って自分の責を先に考えて、手元から調べていくんですよね。万博のノイズも実は我々が出していたのではなくて、外部からの影響だったんです。外的なものって、気づきづらいんですよ。「どこか間違えたかな」と思って反省して、直す。でも、違う。それを繰り返して、最後の最後に自分のせいじゃなかったことがわかる。
土佐 大分のツアーでもトラブルがありました。ミキサーや楽器などの装置は全部Wi-Fiでつなげているのですが、美術館のエントランスでパフォーマンスを行おうとしたら、お客様の携帯電話の電波の影響で全部ストップしてしまいました。万博は4月から10月まででしたよね?
松尾 はい。約半年の間、作品はずっと動き続けなくてはいけない。途中からは無事に動いてくれるようになりましたが、たまに朝、現地から電話がかかってくるんですよ。そのたびにハッとなって。閉幕して、やっと解放されました。
土佐 僕も万博では落合陽一くんのパビリオンの裏で、ノックする機械を20個くらい動かしていました。落合館では壁の一部がボヨンボヨンと歪むのですが、それをもう少し動かしたいということで、開幕1ヵ月前くらいに「ノックする機械を20個くらいつくれってほしい」と頼まれて。「えー、1ヵ月前だけど。でも、やるよ」と。
落合館の壁を歪ませる装置はいくつかあったのですが、そのうちのひとつは明和電機のノックする機械がずっとトントンと叩いていました。
松尾 そうなんですね。あの動く壁は僕もずっと気になっていました。どうなっているのかなと。
土佐 松尾さんの作品と構造的には似てますね。複数のデバイスが物理的に仕事をしている。
松尾 期間中ずっと動いていたんですね。
土佐 はい。壊れずに動いていました。テストで壊れるまで動かしていたので。自分で設計しても思いがけないところが壊れるので、ずっと動かしっぱなしで耐久性のテストをしていました。

僕も土佐さんに育てられた一人です
続いて話は、土佐氏と松尾氏の出会いのきっかけに。デジタルアート作品を公募して、それをプロが批評するNHKの『デジタル・スタジアム』という番組に、当時学生だった松尾氏は作品を出品。土佐氏は批評する側で出演していました。
松尾 土佐さんと初めてお会いしたのは、NHKの『デジタル・スタジアム』という番組内でした。土佐さんはキュレーターとして出演されていて、僕は学生でエントリーしていて。
土佐 そうなんですね。
松尾 土佐さんが番組内でおっしゃっていたことが思い出深くて、学生たちが作品の素材を東急ハンズで揃えているのを見て、「メイドイン東急ハンズじゃダメだよ」と言われてて。僕は福岡の田舎で生まれ育ったので、東急ハンズすら知らなくて、「そんな聖地みたいなところがあるのか」と(笑)。
土佐 今は店名も変わってしまいましたけどね。
松尾 その後、僕も本格的にものづくりを始めて、「あの時、土佐さんが言っていたことはそういうことか」とわかりました。「自分でつくったもので勝負しなさい。買ってきたものを集めて組み立てるだけでは作品じゃないよ」ということなんですよね。それがすごく響いていました。
土佐 良いこと、言うなぁ(笑)。
松尾 その数年後、大阪の堂島リバーフォーラムで、直径4メートルくらいの巨大な布を天井から吊って、そこにプロジェクションする、映像のシャンデリアをコンセプトとした作品をつくりました。その時、あらためて土佐さんにお会いして、恐る恐る「どうでしたか?」と聞いたら、「クラゲみたい」って。
(会場、爆笑)
松尾 円柱の布にひだがあって、確かにクラゲみたいなシルエットでしたが、「これはまだまだダメだな」と正直思いました(笑)。実は今回のBAGの展覧会でもシャンデリアの作品を展示しているんですよ。当時からなぜかシャンデリアに興味があって。なので、当時はとにかく大きくして、映像をガンガン当てて、それが結局は・・・。
土佐 「クラゲ」の3文字で終わっちゃった(笑)
松尾 それが結構響いていて、「このままではいかん」と。土佐さんとじっくりお話しさせていただくのは今日が初めてですけど、長年活躍されていらっしゃるので、ところどころに土佐さんによって育てられたアーティストがいると思うのですが、僕もその一人です。
土佐 いまの話はすべて3文字でしたね。「ハンズ」と「クラゲ」(笑)。
AIの進化がアートに及ぼす影響
AIの進化が著しい昨今、アートとAIの関係はどうなるのか。お二人のトークは続きます。
土佐 ところで、大学時代の研究テーマはなんだったんですか?
松尾 インタラクション・デザインです。UIとか、映像と人、光と人とか、そういう関係を考えるようなことをやっていました。その当時、メディアアーティストとして岩井俊雄さんが活躍されていて。
土佐 僕や坂本さんの筑波大学の先輩ですね。
松尾 当時の岩井さんの作品は、アナログとデジタルが混ざっているけど、とても人間っぽくて、「素晴らしいなぁ」と思っていました。その流れでデジタルに興味を持ち、土佐さんと初めて出会った『デジタル・スタジアム』に作品を応募しました。
土佐 松尾さんは映像もやるし、マテリアルもやるし、先日拝見して面白かったんですけど、ホログラムっぽい作品もある。
松尾 プリズムシートですね。ガラスでもアクリルでもない、プリズムという素材でできた透明のシートを折り紙のように折ったり、接着したりして、立体の作品をつくるんです。大学時代からやっていた映像やデジタルとはまったく真逆の作品になるのですが、自分のなかにあるアートってもっと広いものであったらいいなという想いがあるので、素材とか基本とかにとらわれずに、いろいろやりたいなと思っているところです。
土佐 AIが出てきたので、マテリアルをやっていたほうが絶対いいですよね。映像だったら、AIにやられちゃいますもんね。
土佐 今は店名も変わってしまいましたけどね。
松尾 僕もまだ映像はやっているので、AIは脅威ですよね。生成スピードが早いですし、そもそも人間がつくる意味があるのかというところが出てきている。それでいくと、アナログのものづくりって人しかつくれないし、つくることで人が仕事に就けるし、それがまた循環していくのだと感じます。
土佐 AIは450個のモーターを動かせないし、直すこともできないから(笑)。
松尾 土佐さんのパフォーマンスやプロダクトにAI要素を採り入れるということは考えられないですか?
土佐 作品をつくっていて、ChatGPTに「ちょっと刃物を研いで」とお願いしても、研げないんですよ。そんな感じ(笑)。「ライブなのに全部の楽器が動きません。どうしたらいいですか」と尋ねても、「アカペラとパントマイムでやれ」とは言わないです。
松尾 そこがやはり超えられない。
土佐 その場でどうにかするということができないですよね。現実の現象ってあまりにもいろいろな要素があるので、それを瞬時にチョイスしなきゃいけない。AIでできるようにしようと思ったら、起こり得るすべての要素をAIに教えないといけない。それは無理ですね。
松尾 興味本位で、ChatGPTに先日の大阪万博に展示した作品について「今後どうしたらいいと思う?」という問いかけをしてみたんですよ。そうしたら、ガンガン提案してくるんですよ。こういうふうに進化したらいいんじゃないかとか。的は得ているけれども、発想的には蓄積から生まれたものに過ぎないので、人間味が感じられなくて。でも、これって真っ当な意見ではあるので、それによってアートやビジネスみたいなものが動くようになってしまったらイヤだな、と思いました。今後はわからないじゃないですか。AIの回答を、さも自分が考えたことのようにアーティストが話し始めたらどうしようって。
土佐 最近のAIは話しますしね。ChatGPTのチャットモードで会話していると、AIの女性の語り口がJ-WAVEのパーソナリティにそっくりなんですよ。面白くて、AI に架空の番組を考えさせて、J-WAVEごっこをやりました(笑)。
松尾 仕事上、アートやデザインのプレゼンをすることがあるんですけれど、AIの回答をコピーしてもわからないわけですよね。それでアートが揺らいでしまうというのが怖い。僕たちは意識していれば、そうはならないでしょうけど、AIを当たり前に使うような若いアーティストが出てきた時にどうやって戦っていけばいいのか。
土佐 AIができないことをやるしかないですよね。たとえば、これだけの楽器装置をつくっておきながら、80分間動かさないライブとかね。
(会場、爆笑)
土佐 最近、大ヒットした歌舞伎の映画を観たんですよ。めっちゃ当たってるじゃないですか。めっちゃ人間が頑張っている映画なんですよ。その後、スポーツレースのアクション映画を観にいったら、60歳を超えたブラッド・ピットがめっちゃ頑張っている。そういう映画が当たっている。ちょっと昔のハリウッド映画ってCGがドーンみたいな感じだったでしょ。この間、革新的なCG映像で知られるSF映画シリーズの最新作を観たらダメでした。眠たくなって。
土佐 昔はびっくりしたかもしれないけど、生成AIに見えちゃう。
松尾 確かに生成AIを使えば、その映画みたいな映像が出てきますからね。
土佐 僕らの時代は、映画館は外国映画を観に行くところという感覚だったのですが、いまは日本映画ばかりですね。どうしようかと思いましたが、これは観るべきだと思い、泣けるアニメ映画の実写版を昨日観てきました。中学生とか高校生が観てキュンとするような映画なんですけど、僕もキューンでした(笑)。あれはAIにはできない。
松尾 こちらのBAGで展覧会をやらせていただきましたけど、BAGは東京建物さんという不動産会社が主催されていて、どういう視点でアートギャラリーをやられているのか。東京建物さんがそこに出す意味を吸収したりということは、たぶん人間にしかできない。そういう相手を思いやる気持ちであるとか、そこで出会った人であるとか、データベースでは表せないところが大事なのかなと思います。
土佐 それは昨日観た映画でも言ってました(笑)。他人と会いたくない主人公がいて、コンピュータとばかり向き合っていると、人情味のある上司が「人とだべらなきゃいけないんだよ。そういうことが大事だよ」と諭すみたいな。
東京・京橋エリアにパーマネントのパブリックアートを
BAGの話題が出たところで、東京・京橋エリアという場所の話に展開しました。
土佐 僕が学生の時、ここは「INAXギャラリー」でよく足を運んだし、京橋でギャラリー巡りをよくしていました。この辺りの思い出はありますか?
松尾 先ほどの話に戻るんですけど、岩井俊雄さんが丸の内にパーマネントアートを設置されたんですね。株価のリアルタイムデータベースを取り込んで、それを可視化しながらインタラクティブアートになっているという作品があって。当時、まだ2000年代くらい。
土佐 めちゃくちや早いですね。
松尾 僕はそれにすごく影響されて、テクノロジーアートやインスタレーションもパブリックアートのパーマネントになるんだという事実に憧れを感じたんですね。美術館の展示ならあるんですけれども、パブリックアートであり、かつ、企業の自社が持っている情報と完全に連動しているという事例がその頃にあったということに、大きな可能性を感じて。アーティストって、どうやって食っていくんだというところとの戦いがあると思うんですけれども、そういう接点にもなるなと思いました。
土佐 なるほど。
松尾 あとは場所柄ですね。八重洲とか京橋は一流企業が集まるオフィス街だと思うのですが、そこにあるギャラリーというのはすごく意味があるんだなと思いました。
土佐 ちなみに松尾さんの作品で、パブリック的なところに収めているものはありますか?
松尾 たとえば、銀座の三越のなかですとか、大阪とかにもいろいろ置いてもらっていて、すごく励みになっています。
土佐 僕は全然声が掛からない(笑)。
松尾 でも、明和電機の作品はいいと思いますけどね。なんでないのかが不思議なくらい。この京橋の辺りはビルのリノベーションが進んでいて、新築のビルもたくさん生まれていて、いまからさらに伸びていくエリアですよね。その一方で、古いアートギャラリーは立ち退きで別の場所に移転したりという話も聞いていて。なので、パーマネントアートとかパブリックアートが入りやすい時期なのかなとも思うんですよね。
土佐 ちょうど新陳代謝が起きている時期ですからね。どこかの隙間に入れてもらえないかな(笑)。
松尾 いつでも見られる明和電機アートっていいですよね。楽しみにしている人も多いと思います。

お二人にとっての“暮らしとアート”とは
トークショーは最終盤。ここからは進行役の坂本浩章も入って、3人でのトークとなりました。
坂本 では、ちょっとお邪魔します。松尾さんは今回の万博の関西パビリオンに展示した作品で、日本空間デザイン賞エンターテイメント空間部門の金賞を受賞しました。
土佐 金賞! 素晴らしい。(一同、拍手)
松尾 部門の金賞ですけどね。
坂本 この後、年末にグランプリが決まるそうですね。ほかにもスイスのデザイン賞の候補になっていたり、大活躍ですね。せっかくですので、最後にBAGのテーマでもある“暮らしとアート”についてひと言ずついただけますか?
松尾 今回“暮らしとアート”というキーワードを聞いて、僕はずっとミュージシャンになりたかったことを思い出しました。
土佐 そうなんですね。どんなミュージシャンになりたかったのですか?
松尾 別になんでも・・・シンガーソングライターとか(笑)。学生の頃、楽器を弾こうとしたけど、まったく指が動かなくて全然ダメで諦めたんです。でも、なぜミュージシャンに憧れたかというと、音楽って日常に当たり前のように溶け込んでいて、支えにもなるし、思い出にもなるし、今のムードを変える力がある。僕は音楽はできなかったけれど、アートも音楽と役割は一緒なんじゃないかと思っていて。日常にアートがあることで、ちょっと幸せになったり、ちょっと面白くなったり、リラックスできたり。アートっていうと、作家の人がつくったものを体験しなきゃいけない、見なきゃいけないと思うかもしれませんが、それだけじゃなくて、人のためのアートというものもあって、それは音楽と近いところがあるんじゃないかと思っています。
土佐 僕の家は電機加工工場で、父は普段の暮らしに使われる電機部品をつくっていました。それはマスプロダクト、量産をしているから、美術館やギャラリーというところではなく、大衆のなかに展示されるという経験が小さい頃からありました。それと、やはり僕も音楽です。中学ではブラスバンド、高校ではバンドをやっていました。
当時、ポプコンというヤマハが主催するコンテストがあって、僕はお兄ちゃんと打ち込みのユニットを組んで出場しました。当時、totoというバンドが流行っていたので、tosaというバンド名で出まして(笑)。ミュージシャンは、松尾さんの言った通り、大衆に向かって表現するんですよね。CDというマスプロダクトを売ったり、武道館に人を集めてマスプロモーションをやったり。で、僕たちも性分的に大衆向けのほうがしっくりくるので、明和電機をやる時に、量産をして、自分たちのアートを大衆に届けようと。では、大衆は買ったものをどうするかというと、昔は床の間というマイクロミュージアムがどこの家にもあったので、そこに飾ったんですけど、いまの家には床の間がない。なので、壁に掛けたり、テレビの上に置いたり、そのへんに置いたり、そういうものがいいなと思って。日本人って、招き猫とかだるまとかを飾るじゃないですか。そんな感じで、魚のコードをつくったり、オタマトーンをつくったり、そういう量産品をどんどん出していけば、各家庭に明和電機のマイクロミュージアムができていくんじゃないか。それを「明和電機のある暮らし」と言っていたんですけど、それがいまもずっと続いている感じですね。

坂本 ありがとうございます。先ほどAIが出てきてアートはどうなるのかというお話がありましたけど、それで思い出したことがあって。30年以上前、大学にいる時、ウチの大学に数千万円するようなスーパーCADのすごいやつがあって、土佐さんがそれを使って真剣にCGを描いていました。その頃は、いまみたいに簡単じゃなくて、数式を打ち込みながらつくっていくので、僕は早々にあきらめて、「土佐さん、すごいな」と思って見ていたのですが、その当時は、いまのAI同様に、CADがアーティストを脅かすのではないかと感じていました。時代が変わっても、そういう新しいメディアがアーティストを育てていく、成長させていくというところもあるのではないかと思います。
BAGも4年間でさまざまな展覧会をやってきましたが、これからもカタチは変えながらも、環境に合わせていろいろな提案をしていきたいと思っています。その際は、ぜひお二人にも力になっていただきたいと思っています。本日はありがとうございました。
これでトークショーは終了。会場は終始笑いに包まれ、和やかな雰囲気のなか、お二人のトークも弾んだようでした。
トークショーでも話題に上がりましたが、
明和電機は今年4月から8月にかけて
「UMEツアー2025」を実施。
土佐信道社長が一人でスーツケース大の
「UME BOX」に自作楽器を詰め込んで、
全国47都道府県でライブを行いました。
この日はUMEツアーで行われた内容を
ミニライブとして披露しました。
土佐氏の「さぁ、ヌルッといきますよ」の
掛け声でライブはスタート。
数々のナンセンスマシーンをひとつひとつ紹介しながら、
パフォーマンスを繰り広げていきます。
ご来場のお客様は明和電機のファンも多く、
お約束の掛け声や歓声、手振り、手拍子、
そして、笑い声が飛び交うなか、
1時間超のライブは大いに盛り上がりました。





これにてBAGの最後のイベントは、
無事に、そして、楽しく終了しました。
みなさん、またどこかでお会いしましょう。
ありがとうございました。
【暮らしとアート】展示作品 SUSHI BEAT/明和電機