


いやー、ゾクゾクする作品が八重洲に存在すること自体、違和感があって面白いです。
ちょっとトロけたキャンディーにアリが群がる光景。道端でこんな状況を見たことがある人は多いと思うのですが、アリが実際より大きくなって、ぞろぞろと並ぶ様は視覚と触覚に強く訴えかけます。
遠くからみると一瞬何があるのかわからないところを、覗き込む街の人たちの当惑した表情が目に浮かびます。

一匹の蟻を見ているときと、無数の蟻が群れているときでは、同じものを見ているはずなのに、私たちの感じ方は大きく変わります。この作品では、その一匹一匹がガラスによってつくられていることにまず惹かれました。
近づいて見ると、小さなガラスの蟻は光を受けて輝き、驚くほど繊細で美しい。それを一匹一匹つくり続ける、気の遠くなるような作業の積み重ねが、やがて群れとなり、台座を越えて空間全体へと広がっていきます。その反復する手仕事そのものが、作品に独特の密度と気配を与えているように感じます。
美しさと不気味さ、近づいて見たい気持ちと少し離れたい気持ち。ガラスという素材の美しさと、群れることで変化する私たちの感覚。その間を行き来しながら、見ることのおもしろさをあらためて感じさせてくれる作品です。

メディアアーティストとして視覚伝達に携わってきた作家らしく、"伝わり方"そのものが"優位"であり、そこから"モノ=作品"に還元され構築されていくのが面白い。
出来上がった作品は、ポーズボタンで定着されたのだろうか。
私が、再生ボタンに触れるのを想像すると、作家の思うツボに気持ちよく"ハマる"のだろう。
その時、どのような音が再生されるのか。
どのような記憶が屹立するのか。
気づいた時には、もうすっかり作家のツボにハマっている。

精巧に作られた蟻がガラスでできていることを知ってから、どれほどの作業を経て何匹制作されたのだろうと思いを巡らせていたが、実際の作品を目にしたとき、そのクオリティーに目を奪われた。細部に至るまで再現されており、それぞれ表情が異なることで、より実物に近い動きが表現されている。作者に聞いたところ虫は嫌いだったとのことだが、造形として捉えれば虫ほど完成度の高いかたちはなく、作家はその姿に魅了されたのではないかと想像した。
普段の生活であれば見落としがちな存在だが、ガラスケースの中の作品を見つめながら、「個であること」「群れであること」について改めて見つめ直す機会となった。